CROSSROADS Language Studio’s Newsletter October, 2026 Pencils
極当たり前のように存在する鉛筆は、偶発の産物として生み出されてから、長い道のりを経て、家庭や企業、何処でも使われる日用品へと大きく進化してきました。
筆記用に鉛の小片が使われていた最初期の鉛筆は、指に染みを残し、鉛中毒を引き起こし、しかも書きにくいという問題だらけの代物でした。やがてそれは、嵐で倒された木の根元に純粋な黒鉛の鉱床が露出したことをきっかけに、イギリス・カンブリア州の羊飼いたちによって偶然発見されることになった黒鉛へと置き換えられました。1564年の出来事でした。それ以降イギリスは二百年以上に渡り、最高品質の鉛筆を製造する独占的地位を享受し、ヨーロッパ市場に供給される鉛筆の生産量と販売数を厳しく管理してきました。
追いかかる必要性に駆られて、ヨーロッパやアメリカの発明家たちは、鉛筆が大量生産される筆記用具となった19世紀後半まで、鉛筆の構造や黒鉛の配合を改良し続けてきました。
オーストリアの発明家ヨーゼフ・ハルトムートは、現在私たちがよく知っている鉛筆の「硬さの等級」を導入しました。H や B といった記号は、黒鉛の 硬さ(Hardness) や 濃さ・柔らかさ(Blackness)を示しています。しかし不思議なことに、H と B は、これらの英語の語彙の頭文字を直接意味しているわけではなく、H は Hardtmuth(ハルトムート)自身の名前、B は会社の所在地であるチェスケー・ブジェヨヴィツェ(České Budějovice) を表しています。
当初、鉛筆は美しい木目を見せるために無塗装のままでしたが、やがて多くのメーカーがさまざまな色で塗装するようになりました。とりわけ 黄色 は、視覚的にも文化的にも強い象徴的意義を持つ色として定着していきました。
歴史的に、(鉛筆の)黄色は「黒鉛が中国産であり、世界最高品質である」とことを意味していました。
伝統的には、鉛筆の筆跡はパンのかけらで消されていました。しかし19世紀の終わりになると、ポリマー消しゴムが鉛筆の端に取り付けられるようになり、鉛筆の究極のデザインが確立しました。
コヒノール、ステッドラー、ぺんてる、ファーバーカステルといった企業は、現代の筆記具の世界における真のパイオニアなのです。
(P1 photo caption) ニューヨーク市のイースト川で発見された1740年の難破船で見つかった鉛筆の写真です。






